第二北大路機関

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銀嶺一号作戦28:富士学校祭観閲行進EOS-M3撮影14

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特科教導隊第5中隊のMLRS,自走榴弾砲に代わる陸上自衛隊の全般支援火力だ。1両17億円と非常に高価な装備であったけれども、鋼鉄の豪雨と湾岸戦争で畏れられたこの火力を陸上自衛隊は大いに信頼し、実に99両も揃えている。導入当時はM-26ロケット弾を投射、一発で100×200mの範囲をクラスター弾が破砕し、一両で12発を連続射撃できる、一個大隊18両が同時射撃したならば広範囲が灰燼に帰す

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オスロプロセスクラスター弾全廃条約によりM-26は日本では使えなくなった。そこで自衛隊はM-31ロケット弾を導入した、一発で50m四方を吹き飛ばす単弾頭型のロケット弾だ。100×200mのM-26と比較したならば50m四方の制圧力というものはそれ程大きくは無い、が、射程はM-26の30kmからM-31では70kmまで伸びた、それだけではない、M-31はGPS誘導ロケット弾で命中精度が極めて高い

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M-31ロケット弾の導入で、MLRSは面制圧火力から精密誘導火力へ転換したことになる。日本は専守防衛なので、住民が残る可能性と住宅街が広がる国土で面制圧火力を投射したならば付随被害が大きすぎる、それならばGPS誘導で精密誘導し命中精度を確保した方が良い。もちろん、GPS誘導方式ではない従来型の無誘導射撃も可能だ、GPSの軍用回線は妨害を受けにくいが、座標入力の時間が無い場合に標定さえ出kれ場即座に射撃できる利点は忘れてはならない利点だ

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専守防衛というものは実に面倒だ、クラスター弾全廃条約でも、日本側が提唱する自国領土内での防衛を例外とする保持論は各国を悩ませた、日本の専守防衛政策は世界の外交関係者の間で名高いし説得力もある、しかし、アメリカやロシアが自国防衛用に用いるので残す、と日本の主張を支持した場合は本当にアメリカ本土決戦にのみ使用し中東や東欧では使用しないのか疑問となる、しかし、専守防衛用として例外措置を執るならばアメリカとロシアがクラスター弾全廃に部分同意する可能性があった

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結局、日本は折れる形で専守防衛用も含めクラスター弾全廃に同意した、しかし、アメリカやロシアと中国やイスラエルはクラスター弾全廃条約に批准しなかった、結局クラスター弾を運用する主要国が参加しないまま全廃条約だけが独り歩きして成立した。世界規模で削減されたクラスター弾は少ない、NATOではイギリスやフランスとドイツが削減しているが元々冷戦後の軍縮の一環として元々縮小予定であった、これを成果とするのか、考えさせられるものが多い中、自衛隊は1999年までMLRSを調達し続けている

北大路機関:はるな くらま
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銀嶺一号作戦27:富士学校祭観閲行進EOS-M3撮影13

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特科教導隊第4中隊は203mm自走榴弾砲を装備している、アメリカ陸軍がM-110として装備していた自走榴弾砲で軍団砲兵用の火力、自衛隊でも方面特科隊に配備している装備だ。北部方面隊と東北方面隊に西部方面隊に90両ほど配備されていたが、既に東北方面隊からは退役しており、北部方面隊と西部方面隊でも除籍が進む、火砲300門体制への転換と共に除籍され、後継装備は無い

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203mm自走榴弾砲は自衛隊最大の火砲だ。大口径の軍団支援火砲でありながら、極めて軽量に収めた点が特色だ。28tなので自衛隊のC-2輸送機でも空輸可能という。軽量だが37口径の長砲身を活かしてRAP弾では射程30kmを誇る、が、軽量化を重視しすぎた為に操砲には11名が必要だが車体には5名しか乗車できないので残る6名は随伴車輛で合流する必要がある、また屋根が無いのは軽量化のため、砲弾も車体が小さいので2発しか積めないという

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威力は凄い、一発90kgもある砲弾を最大毎分2発発射できる。もっとも方針が痛むので緊急時に限られ、持続射撃では2分に1発が投射される。対コンクリート信管を用いた場合は2m近い厚さを貫徹するし、地中に4.5mまで潜りこんで地下壕などを破壊する事が出来る、空中炸裂信管を用いた場合は長径90mという凄まじい広さに砲弾片を散布でき、これぞ軍団砲兵という印象だ

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87式砲側弾薬車が随伴している、1tクレーンにより砲弾を供給でき、車内には50発の203mm砲弾を搭載している。装甲車両でもあり、火山災害などに際しては不整地突破能力の高さと汎用性を活かして災害派遣に充てられたこともある。87式という呼称の通り、自衛隊が203mm自走榴弾砲を装備開始したのは1983年と比較的最近だ。ただ、高精度の砲身は製造方法をアメリカが開示できないとして車体自体をライセンス生産している

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C-2輸送機で空輸できる貴重な火砲なのだから、全廃せず多少は残してはどうかとも思う。99式自走榴弾砲は重量が40tもあるのでC-2輸送機には搭載出来ない、軍団火力なのだから威力が大きいのは確かであり、島嶼部防衛には必要な装備と思う。なにより、203mm榴弾砲が掩砲所で待ち構える離島へ上陸してくる可能性は限りなく低くなる、威力そのものよりも象徴的な意味合いだ

北大路機関:はるな くらま
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銀嶺一号作戦26:富士学校祭観閲行進EOS-M3撮影12

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特科教導隊第3中隊の観閲行進、99式自走榴弾砲を装備する特科中隊だ。日本製鋼所が開発した52口径155mm榴弾砲を装備している、その射程は30kmというが薬室容量や後退駐座器の強度上40kmは超えるともいわれる

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北部方面隊の特科連隊と特科隊へ重点配備されており、本土での配備は富士教導団と武器学校のみ。日本の自走榴弾砲は仙台の75式自走榴弾砲以来、自動装填装置を採用し素早い射撃能力を持つ。その分高価と云われるが、生産数は130両ほど、先代の75式自走榴弾砲は退役完了したが北部方面隊の特科部隊は定数割れの状態となっているので当分生産は続くという

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島嶼部防衛を考えると、射程50kmの火砲が欲しい所だ。ロケット補助推進のRAP弾を用いれば50kmの射程を持つ火砲はある、南アフリカのG-6/52ライノ自走榴弾砲や試作に終わったアメリカのクルセイダー自走榴弾砲など、ドイツのPzH-2000自走榴弾砲も公式では40kmが最大射程だがアブダビでの兵器ショーでは50km超えの射撃を展示している

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50kmを越える射程の火砲があれば、宮古諸島を考えると航空自衛隊の宮古島分屯基地と陸上自衛隊の新しい駐屯地が出来る石垣島や与那国島に配備したならば相互の射程で宮古諸島全域を火力圏内に収める、ミサイルと違い榴弾砲は上陸前の計億射撃や着上陸後の海岸橋頭堡を叩く事が出来る。那覇駐屯地と奄美大島に建設する新駐屯地に配置したならば沖縄県と鹿児島県の離島防衛を火力網で覆う事が出来る

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陸上自衛隊はFH-70榴弾砲の後継として火力戦闘車という国産装輪自走砲を開発中だ、聞くところでは日野自動車が自衛隊に納入する10tトラックの荷台に52口径火砲か先進軽量砲を搭載し手早く開発する予定だったが、射撃の反動に車体の懸架装置が耐えられるかが疑問として日野自動車が難易度の高さを表明したため。しかし、自衛隊は特科火砲を従来の900門から300門まで縮小する施策を示しているので、いっそ本土の特科部隊にも99式自走榴弾砲を装備してはどうかとも思う、300門の火砲定数を二種類の火砲で充足するなど、幕の内弁当じゃああるまいし、とおもう

北大路機関:はるな くらま
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銀嶺一号作戦25:富士学校祭観閲行進EOS-M3撮影11

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特科教導隊第1中隊と第2中隊の観閲行進、74式特大トラック派生型の中砲牽引車がけん引している、普通科部隊を支援し迫撃砲を叩き潰す直掩火砲の105mm砲が軽砲で全般支援にあてる155mm砲が中砲、軍団砲兵の203mm砲が重砲、だけれども世界では155mm砲への統合化が進む、自衛隊も105mm砲は礼砲用の予備装備を除き155mm砲へ統合された

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39口径155mm砲というものは砲身の長さを示す、155mm×39、という砲身の長さに由来する。方針が長ければ火薬の燃焼効率が高くなり砲弾の速度が大きくなることで結果射程が伸びる、走り幅跳びと立ち幅跳びの助走と考えれば良い、長砲身は有利だが鋳造が難しい、鋳造できても精度が低ければ連続発射で変形してしまう、火砲の製造技術向上はこの問題を克服した、我が国では榴弾砲から艦砲まで日本製鋼所が製造する

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FH-70の最大射程はメーカーによれば射程延伸装薬を用いた場合で42km、ただし実用的な射程は30kmという。自衛隊はFH-70のほかにアメリカ製で軽量だが自走能力が無いM-198榴弾砲とスウェーデン製の3発自動装填装置を持ち瞬発火力が大きいが火砲そのものも大きいFH-77を候補として検証した、FH-77は3発の砲弾をクレーンで吊り上げ弾庫に装填すると13秒ほどで全部撃ってしまう、FH-70は緊急射撃で毎分6発というから凄い、しかし日本の道路には大き過ぎた

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大砲の撃ちあいは過酷だ、砲弾は対砲レーダーに映る、射撃から数分で反撃の砲弾が降り注ぐ、だからNATO諸国は自走榴弾砲を選んだ、撃ったらすぐに移動できるからだ、FH-70はこの点も強い、FH-70は富士重工製、いまはスバルか、エンジンを搭載していて短距離を自走できる、半自動装填装置により連続射撃能力が高いので数発撃ったら直ぐ陣地変換だ

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自衛隊はFH-70榴弾砲を479門も調達した、これはNATOのイギリス、ドイツ、イタリアの調達総数よりも多い。現在火砲は52口径の長砲身が最新型だが39口径火砲も依然として多い、そして世界を見れば第二次世界大戦中の火砲も意外と現役だ、我が国周辺では先進国の一員である韓国や台湾で第二次世界大戦中の105mm砲が現役である

北大路機関:はるな くらま
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銀嶺一号作戦24:富士学校祭観閲行進EOS-M3撮影10

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特科教導隊第1中隊の観閲行進、第1中隊と第2中隊はFH-70榴弾砲を装備している。イギリスドイツイタリア共同開発の39口径155mm榴弾砲だ

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第二次大戦中の火砲を置き換え、1970年代に対応できる将来火砲を開発しよう、という事で開発されたのがFH-70,半自動装填採用等新技術を盛り込んだものの価格が自走榴弾砲なみに高くなってしまう

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FH-70は半自動装填だ、第二次大戦中の火砲までは装填まで砲弾をこう桿で方針い押し込まなければならなかった、射撃の反動で自動装填するというFH-70はそれだけで新しかったのだ

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NATOは自走榴弾砲の装備化を急ぎFH-70には顧みなかった、アメリカ製M-109A2が安かったのだ、砲身が短く射程が劣るが機甲砲兵としては戦車に随伴できるだけよかった、しかし日本はFH-70に飛びつく

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自衛隊はFH-70を高く評価した、本州特科部隊は有事の際に北海道へ緊急展開しなければならない、当時の国鉄貨物列車では75式自走榴弾砲やM-109A2はしゃはがば大き過ぎ運べない、しかしFH-70ならば牽引車で高速道路を100km/hにて飛ばせる、貨物列車にも載せられる、射程が凄く長い

北大路機関:はるな くらま
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